幕末怪異聞録



その名を聞いた灰鐘は、一瞬瞳に闇を落とした。


だが、すぐに笑みを浮かべた。


「そうだ。あいつが来る。」


「なんでそんなに落ち着いてんだよ!俺は――!!」


詰め寄る狼牙の頭を鷲掴みにし、狼牙を見据えるその隻眼は酷く冷たかった。


「儂が落ち着いとるだと?
夢にまで出てきてのうのうと生きて、へらへら笑っておったんだ。腸煮えくり返っとるわ!」


そこまで言うと、手を放した。


「―――っと、すまなかった。狼牙…。」


無意識に口調が変わってしまうほど灰鐘は怒っていたのだ。

それを目の当たりにした梅は小さくなるしかなかった。


「お梅も、怖がらしてしまってすまなかったな。」


力なく笑うその顔に、梅は「ただ事ではない」と思うばかりであった。


「さ、そろそろ夕餉の時間だ。
広間の方に行こうか。」


そう言って、灰鐘はさっさと部屋から出て行ってしまった。