「…そう、なんや…」
─抗がん剤治療。
おかあさんの口からその言葉が出てきて、なんとも言えへん気持ちになってもうた。
だって今まで、ドラマのセリフか学校の授業でしか聞かんかった言葉やったから。
大学の授業で、なーんも思わんとマーカーペンで線だけ引いてたガンについてのページを思い出す。
眠たくてコックリコックリして、うまく引きそこねてゆがんだ蛍光色の線。
「…おとうさんとは、ちゃんとうまくやっとる?」
「ああ、まぁね。もう出て行ったりはしません」
「…また急にこっち来たりして」
「ふふ、そしたらごめん」
冗談で言ったら、おかあさんも笑ってくれた。
おとうさんは朝から仕事を頑張って毎日捜しに行って、家のことも手伝ってるらしい。
今のうちから慣れとかな、って。
おかあさんが入院してもたら、家ん中おとうさんひとりになってまうから。
「…あの日なぁ」
「え?」
「おとうさんとみともが、来てくれた日。」
電話のむこう。
おかあさんが、1回大きく息をついて、言った。
「みともが部屋出てったあとにな…おとうさんと話してんか。」



