山田さん的非日常生活

あたしがちょうど着替え終えた時、部屋の引き戸がコンコン、とノックされた。


「おはようございます、東山様!朝食をお持ちいたしました」


すすす、と控え目に開かれる引き戸。

現れたのは、やっぱり昨日と変わらずお美しい笑顔を浮かべた女将さん。


…どうやら彼女は三度目の正直、ノックをするという技術を習得してくれたらしい。

失礼します、と部屋に入ってくると、女将さんは机の上に持ってきたお盆を置いた。


旅館の、朝食。


「…えーと……コレは?」

「はい!!こちら、朝食のフレンチトーストになります!!」

「……また料理長さんの手ごね、ですか」


…やっぱりね。もう何も期待してなかった。わかってました、こういうオチ。わかってましたけど、旅館の朝食の定番、白米に赤出汁、だし巻き卵ではないんですよね。


「いえ、料理長は低血圧なので朝は弱くて!!このパンは市販品です」


…あ、もうこだわりの手作り、とかですらないんだ。朝が弱いって。起きてください料理長。夢に向かって突き進んで充実した日々を送ってるって言ってたのは何だったんですか料理長。


ふんわりと漂う、甘い香り。

朝食はいつもパンよりご飯派のあたしだけれど、しょっぱい味噌汁じゃなくったっておいしそうなその香りはお腹の底を刺激する。


「では、私はこれで失礼いたします。チェックアウトのお時間までどうぞごゆっくりお過ごしください」

「…あ、ハイ。どうもありがとうござい──」
「ああ!!そう言えば忘れるところでしたわ!!」


ポンっと手のひらを叩いて、女将さんは廊下から何か紙袋のようなものを持ってくる。

ちょうど広げた両手に乗っかるくらいの大きさだ。

それをあたしに握らせて、女将さんはにっこりと微笑んだ。


「こちら、当旅館の記念品になります。旅の思い出として、ぜひお受け取りください!」

「は…はぁ…ありがとうございます…」


…そんなものまであるのか。

あの無駄に体力使うプランといい、サービス精神旺盛なのかありがた迷惑なのかわからないが…まぁ、とりあえずもらえるものはもらっておくけど。


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