山田さん的非日常生活

「山田さん」


落ち着いたカボの声が、頭の上からストンと落ちてきた。

顔を上げられないでいるあたしに降る、優しい声。

あたしの頭に触れた手のひらが、ためらいがちにすぐに離れる。


「山田さんがもし…嫌だとか、怖いって思ってるなら、指一本触りません」

「………」

「もしおんなじ部屋で寝たくないっていうんなら、違う部屋に行く」

「………」

「同じ空気を吸いたくないって言うんなら、廊下に出ます」


…あたしどんだけ鬼なんだよ。


「…あ!右の布団で寝たいっていうなら譲りますから」


…別に右の布団にこだわってないよ。


「…だから、」


カボの髪がぼんやりと浮かび上がる。まるで銀色に染め直されたみたいな、それは月の光の色。

星の輝き。空の雫。


優しい笑顔が、その下に続いてる。


「…だから、泣かないでください。山田さん」


ぽろって、右目から涙がこぼれ落ちるのがわかった。

一粒こぼれたら、後から後から追いかけるみたいにどんどん溢れていく。


…多分今、あたし史上最悪に不細工だ。


「…ごめ…ごめんね、カボ…っ、あたし…っ、」


ひぃっく、って、しゃくりあげる度に喉から変な音がする。


「へ…変な態度とって、ごめん、…っ、カボにそんなこと、言わせて、ごめ…ん…っ、」

「…山田さん、もういいですから」

「ひっ…く…昭和で、ごめん、ね、カボ…っ!!」

「…しょ、しょうわ?」


.