山田さん的非日常生活

心臓が跳ねて、治まってくれない。

さっき大丈夫だって心に決めたばかりだっていうのに。


カボが布団に潜ろうとその場から立ち上がった。それにひきかえ、いまだに正座で固まったまま俯くあたし。

…どうしよう。意識なんてしないで、普通にしなきゃ。普通に、普通に。さっき心を決めたんだから。だってあたしはカボの彼女なんだし、もし…もし、そういうことになったって、別におかしくない。何日も前から、何回もそう言い聞かせてきたんだから。

確かにあたしの頭は昭和な考えかもしれないけど、生まれは平成だ。確固たる平成女子だ。未来へ羽ばたけ平成ジャンプだ。


問題ない。

問題なんてない。


…だってあたしは、カボが好きなんだから。


「山田さん…?」


一向に動かないあたしを心配して、もう一度しゃがみ込んでそばに寄ってきてくれたカボ。

ふわ、と漂う匂いは、あたしと同じシャンプーの香り。


持ち上げられる腕。

衣擦れの音。


そっと頬に触れた、カボの手のひら。


「………っ!!」


ビクッとして、思わず後ずさってしまった。

驚いたように目を見開くカボ。行き場をなくした手が、暗闇をさ迷って宙に浮かぶ。


…無理。無理無理無理やっぱり無理です料理長ーっ!!

だめだ。こんなの、あたしばっかり意識してるみたいだ。っていうか実際そうなのかも。あたしは彼氏とか初めてだからなにもかもわかんないけど、世間一般だって、カボだって、こんなの普通なのかも。


『彼氏と一泊旅行でしょ?そんなの当たり前でしょ。しかも彼氏二歳年上だし』


…なんであたしは、こんなに不器用な態度しか取れないんだろう。彼氏彼女なんだから、当たり前なのに。

顔が歪む。視界がぼやける。

つまんないやつだって、可愛くないやつだって、思われたくなんかないのに。


『あんたねぇ…そんなガード堅いと、嫌われちゃっても知らないよ?』



お願いカボ、あきれちゃわないで。


…キライになんてならないで。


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