山田さん的非日常生活

肺にたっぷりと息を吸い込んで、あたしは言った。


「〜さぁ来い!!」

「え…えっと……?」

「受けて立つ!!」

「あの…山田さん…?」


ぽかんと頭のてっぺんにハテナを浮かべて首を傾げるカボ。

そして何を思ったか、おもむろにそばにあった枕を持ち上げた。


「…枕投げでもしますか?」
「しないよ」

「あっ、結構強いですよ!僕!!」
「知らないよ」


…なんでカップルが深夜に1対1で熱闘枕投げしなきゃいけないんですか。っていうか枕投げの強い弱いって何を基準に測るんですか。


ふっと落ちた沈黙。


テレビもとっくに消えているから、あたしたちが黙ると部屋がしぃんと静まり返る。

諦めきれない様子で枕を抱えていたカボだったが、あたしが相手をしてくれないと悟ったのか残念そうに枕を元の場所に戻した。

正座のままカボを睨みつけるあたし。

カボもそれにならって、なぜか正座になる。


「……」

「……」


夜も深まる午後10時58分。

正座で向き合う、一組の男女の図。


「……」

「……」

「…山田さん、明日も早いのでそろそろ寝ますか?」

「………」


黙ったまま、天井からぶら下がっているコードをブツっと思いきり引っ張った。

ふっと消えたオレンジ色の明かり。窓から差し込む月の光だけが、ほわぁっと控えめに暗闇を照らす。

急に周りの空気が冷え込んだみたいに感じて、息を呑んだ。


「あ」


ぽつりと、何かを思い出したように声をあげたカボ。


「山田さん、じゃんけんするの忘れてました!!」

「…じゃんけん?」

「勝った人が先に好きな布団を選べるんです!」

「……あたしどれでもいいよ」


布団どころじゃない。時計の針が進むにつれて、あたしの緊張も増していく。体は固まっているけれど、内心はもう破裂するほどバクバクだった。

うーん…と首をひねったあと、カボは「じゃあ一番右のにします」、そう言ってふわりと笑う。


月の白い光の中の、カボの笑顔。

それは、普段となんにも、なんにも、変わらない笑みで。


…なのに。


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