山田さん的非日常生活

時計の針が、せわしなく進んでいく。

止まることなく。

夜から、深夜の領域へと。


まるで生まれたばかりのヒナのようにふかふかの布団に埋まりながら、幸せそうに伸びているカボ。

寝っ転がったまま、突っ立っているあたしを見上げる。

いっつもはあたしが見上げてばっかだから、なんか変なかんじだ。

普段会うときは綺麗に服を着こなしてシャンとしているカボだから、こうして浴衣姿でゴロンと寝っ転がるカボは初めて見るかもしれない。安心したように気の抜けた姿が、少しだけ可愛い。


「…お帰りなさい、山田さん」


そう言って嬉しそうに微笑むカボに、突っ立っていたあたしの足はさらに硬直する。

さっき落ち着けたばかりのドクン、ドクン、が戻ってくる。


機嫌良さそうにゴロゴロと転がっていたカボだったが、ふと不思議そうに首をかしげた。


「でも山田さん、二人なのになんで三組も布団用意してくれてるんでしょうね?」

「………」


どうやら素直で空気の読めない女将さんは、温泉であたしが勢いで言った言葉を真に受けてくださったらしい。

…なんかもう、この際三組でいいと思う。全然問題ないと思う。いいじゃん広々としてて!!寝返りし放題!!いっそ前転・後転・側転もできるし!

カボの言うとおり、敷かれた布団は見ただけであたしんちの薄っぺらい安物とは違うとわかる。例えるなら、旅館の布団は東山家で食べたステーキ、あたしんちの布団はあたしが手土産で差し入れた薄っぺらいせんべいだ。


寝ころんでいた体を起こしたカボ。

暴れていたせいで、金色の髪の毛が一部分ぴょこんとハネている。

ちらっと見ただけのつもりだったのに、ばっちりカボと目が合ってしまった。


…言うなら、今。今しかない。またおじけづいちゃう前に、今しか。


滑り込むような勢いで布団に乗っかると、カボに面と向かって正座した。

気合いを込めて両膝を叩くと、カボが驚いた顔であたしを見つめる。


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