山田さん的非日常生活

料理長は深く息を吸い込むと、何かを思い出すような遠い目をした。


「私はずっと昔から、料理するのが好きだったんです」

「は…はぁ…」

「しかし私の父はしがない平社員。その上四人兄弟でしたから、資金のかかる料理の専門学校に行かせてくれだなんてとても言い出せなかった」


その当時を思い出したのか、悲痛な表情を浮かべる料理長。

…っていうか、あたしはなんで料理長の人生の遍歴を聞かされているんでしょうか。


「そんな時、まだうら若き頃の女将さんに出会った。そして彼女は私の料理の才能をかってくれたんです。自分が女将をする旅館で働かないか、と」


…女将さんがそこで出てくるんですね。そんないきさつがあったんですね、料理長。なんかのドキュメンタリー番組っぽいよ、料理長。


「でもそれは人生を左右する大きな選択だった。私は迷いました。本格的に習ってもいない私が旅館の料理を取り仕切って、もしうまく行かなかったら…と」

「……」

「しかし私は夢を追うことに決めたのです!家族から離れ、一人住み込みで見知らぬ土地…辛いことも確かにありました。…でも私は後悔していません」


─あの時その道を選んだからこそ、今の充実した自分があるのだから。

そう言って料理長は二カッと照れたような笑みを見せた。


…あ、やばい。不覚にもちょっと感動してしまった。

静かな広間に、料理長の声が跳ねる。その心地よい低温は、素直にあたしの中に染み込んでいく。


「山田さん、踏み切るのは勇気がいることです。しかし、踏み込んでみて初めて見える世界がある」

「…そ、そうですよね!!」

「あなたはまだ若い。若いうちにこそ何にだって立ち向かえるはずです」

「そうですよね…!!」


いつの間にか熱が入り、料理長と堅く握手を交わしていた。…そういや、あたしはドキュメンタリーものにはめっきり弱いのだ。


「若いうちから守りに入っちゃだめですよね!あたし、平成生まれですもんね!!」

「そうです山田様!その心意気です!!」

「大事なのは攻めの姿勢ですよね!!」

「さぁ山田様!!未来へ羽ばたけ平成ジャンプ!!」

「平成ジャンプっ!!」


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