山田さん的非日常生活

突然の思いがけぬ登場に、ポカンと目を丸くして料理長を見つめる。

ねじりハチマキはこれでもか!っていうくらいにキツくねじられていて、旅館の料理長というよりも遠洋漁業の漁師みたいだ。

料理長はあたしの隣に腰を下ろすと、ふぅと一つ息をついた。


「あの、山田様。何か、悩んでいらっしゃることでも…?」

「え、ど…どうしてですか?」

「さっきからお顔の色がマグロの切り身のように赤くいらっしゃるので」

…なんでそんな微妙な例えなんですか。赤黒いってことか?

しぃんとした広間に、あたしと料理長の二人。多分端から見たら不思議な図に違いない。


「私で良ければ相談にのりますよ?」


肩を縮こまらせて座っていたら、料理長が真剣な顔であたしにそう言った。


…相談?

彼氏と旅行に行くのを了承したくせに勝手に意識しておじけづいて部屋飛び出して心の準備が間に合わなくてもしかしたら昔いたかもしれない彼女の存在を勝手に妄想してヤキモキしてます、どうしたらいいですかって?

聞けない。言えない。今日初めて会った漁師のおじちゃん…いや、料理長に言えるわけがない。

思わずもう一つため息を吐いてしまった。そのとたん、隣でシュッと何かを吸い込む音。


「な…なに…」

「ダメです、ため息を吐いたら幸せが逃げますよ!」

「………」

「大丈夫です!さっきのは私が吸い込んでおきましたから!!」


…いやいや大丈夫じゃないよ。返せよ、あたしの幸せ。


どうやら料理長はあたしの相談にのってからじゃないと意地でも帰らないつもりらしい。


「…あの、料理長さん」


あたしがぽつりと漏らすと、待っていたとでもいうように料理長の首がぐるんと勢いよくこちらを向いた。首90度回転だ。


「…何かに踏み切るときって、怖くないですか」

静まり返った空間に、カコン、カコンと変わらないリズムだけが響く。

我ながら、なんて抽象的な問いかけなんだ、と思った。料理長は驚いた顔をして、それからゆっくりとこう言った。


「もちろん、怖いですよ」

「……」

「でも、逃げてばかりじゃ何も始まらない」


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