山田さん的非日常生活

フランスパンか食パンかメロンパンか知らないけど今はそれどころじゃない。

浴衣の裾がハタハタと舞い上がる。

心臓が二・三個増えてしまったみたいに、どくどくと体の中が跳ねる。


おかしいおかしいおかしい。だってカボだよ?いっつも普通に話してるじゃん。いっつも隣で、普通に。


カボなのに。


…カボ、だから?


全速力で走って温泉を通り過ぎ、広間に出る。

そこにあった長椅子に腰掛けると、熱く火照った顔を覆った。

しぃんと静まり返った空間に、庭園の鹿威しのカコン、カコンという一定のリズムだけが響く。



『彼氏と一泊旅行でしょ?そんなの当たり前でしょ。しかも彼氏二歳年上だし』



…カボもやっぱり、そういうことを考えたりするんだろうか。

なんであんなに平気でいられるの?意識しまくってるのはあたしだけ、カボはいつもの通りほわんとした雰囲気を崩さない。


カコン。

浴衣の膝元をぎゅっと握った手が、ゆっくりと冷えていく。


…もしかしたら。

カボは、今までに誰か他の人と旅行に来たことがあるのかもしれない。

こういうの、実は慣れてるのかも。中身はともかく黙ってれば外見は女の子が勝手に寄ってくるくらいだ、今までに彼女の一人や二人いたっておかしくない。


「どうしよう…」


呟いて、また顔を覆う。今ほど自宅の貧相な薄っぺらい布団を恋しいと思ったことはない。

早く部屋に帰らなきゃ、カボだって心配する。そんで律儀にフランスパンを残して待ってるんだ。

冷えた手。息を吹きかけられた指先だけが、熱い。


「…どうか、されましたか?」


頭の上に落ちてきた穏やかな声に、顔を上げる。

目に飛び込んできたのは、白黒模様のねじりハチマキ。


料理長が、心配そうにあたしをのぞき込んでいた。

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