例えば幼少期の作文で、「宇宙飛行士になりたい」、だの「歌手になりたい」、だの突拍子もない夢を書き殴っても。

その通り上手くいくことなんてめったのめったにないのだ。


現実はそう、甘くない。




─2月14日。


バレンタイン。

聖・バレンタインデー。

シフトにわざわざ…わざわざ!バツをつけて開けておいたはずの日。


「いらっしゃいませ〜…」


あたしはというと、やっぱりレジに立っていた。


昨日作った品は、我ながら素晴らしい出来だったと思う。

だってガトーショコラを作ろうとして、ガトーショコラらしきものが出来たのだから。

とにかく…カレーを作ろうとしてただの黒い汁にしてしまった前科のあるあたしにしては、紛れもない奇跡だ。



自転車のカゴにそうっと乗せて、斜めにならないようにゆっくりと踏みしめるペダル。

…もしあたしの目の前に急に飛び出してくる輩がいたとしたら、曾孫の代まで恨んでやる。

そんなどす黒い怨念を放っていたからか、あたしの半径五メートル以内にすら誰も近づかないまま…無事学校まで辿り着いた努力の結晶。



でもそれは効力を発しないまま、レジの下に転がるあたしのカバンの中にあった。


「110円が一点、150円が一点…」


心臓どころか、肺やらなにや全てが飛び出そうなほどに緊張して迎えた放課後。

数え切れないほどの深呼吸の後、やっと踏み出そうと足を伸ばした教室。


「以上で490円になります」


その窓から見えたのは、彼の笑顔と、可愛い女の子と、繋がれた手と。


…あたしのよりも数倍綺麗で、美味しそうなガトーショコラ。



「一万円からでよろしいですか?」


財布から一万円を引っ張り出す目の前の客。

…もっと細かいの出そうよ。
…おつり面倒なんだよ。

お札の上で無表情のままの福沢さんにすら八つ当たり。

あたし、最低だ。


「ありがとうございました〜…」


図ったようなタイミングでかかってきた、シフトに入れないかというバイト先からの電話。


…ええ入りますよ。喜んで入りましたとも。