「…あのね、山田さん」
おずおずと、お母さまがあたしの目を見つめる。
ホント、あたしの何歳か上にしか見えない。この人にあんなドでかい子どもがいるなんて、多分誰も信じないだろう。
緊張して手に汗をかいてきた。唇は渇くのに、その表面はたっぷりのピンクで覆われている。
「山田さん、最後になってこんなことをお願いするのは…私も言い出しにくかったんだけど…」
…来たぁ!
思わず拳をぎゅっと握った。後に続く言葉なんて、簡単に想像できる。
『本当は浩一郎には取引先の社長令嬢の婚約者がいるの』
『だから息子とのお付き合いは今日限りにしていただきたいのよ』
…あたしは。
それならしょうがないと、どうしても割り切れない自分がいた。
どんなに彼が変わっていても、どんなに彼の周りが非日常でも。
平凡と日常を愛するあたしが一緒にいたいのは、カボなんだ。
いつの間にかこんなにも大きくなっていたカボの存在に、自分でも戸惑う。
トドメを刺されるのをただ待つしかなくて、ぎゅっと目をつむる。
カボの笑った顔が、鮮やかに脳裏をよぎった。
「あの…メールアドレス…教えてくれない、かな?」
「…へ?」
聞こえてきた言葉に、ずいぶん気の抜けた返事をしてしまった。
め…めーるあどれす?
予想していたセリフとの極端な違いに、ソレ一体なんのお菓子の名前だろう?なんて思ってしまう。
「え…あの、…婚約者は?」
「…?こんにゃく?」
いやいやいやこんにゃくじゃなくて。…あ、なんかおでん食べたくなってきた。煮込んで黒くなった玉子とか、トロトロになった大根…
って、そうじゃなくて。
「あっ、山田さん!!嫌なら全然いいのよ!?いきなり迷惑なこと頼んじゃって…」
「いえっ!!全然迷惑なんかじゃないですけど!」
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