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「山田、ここでバイトしてたんだ?」


レジにてバーコードリーダーを持ったまま、パタリとスイッチが切れたみたいに停止した。

…ブレーカーが落ちたといった方がより正しいかもしれない。


「山田?」


タキガワクン。

滝川じゃなくて、多喜川。喜びが多いって書いて多喜川。


うん、ていう短い返事は喉の奥に詰まって気管を逆走。

だからただ、ぶんぶんと首をタテに振った。


「へえ…頑張ってんだな、山田」

「いや…、えっと、あの、うん、」


…やけに読点が多くなります、今日この頃。

彼に呼ばれると平凡な自分の名字がやけに高貴に聞こえてくるのだから、全くもって不思議だ。


学校で彼の笑顔を見かければ一日中幸せで、彼の声を聞けた日は一日中ドキドキで。


だから彼があたしのバイト先に来て、たまご蒸しパンを差し出している今なんて…


ほんと、意識が飛ぶかと、思った。


「…ああ、ちょっと待って!これも付け足し」


そう言ってレジ前のカゴからつまみ上げられたチロルチョコ。

会計を済ませると、多喜川くんは非の打ち所ない笑みを浮かべてあたしの手のひらにそれをのっけた。


「差し入れ」


じゃあ頑張って、とサラリと言い残して去っていく後ろ姿。



サラサラの、黒髪が好き。

綺麗にのびた、鼻筋が好き。

卵蒸しパン、あたしも好き。


…つまり、好きです、多喜川くん。




手のひらにのっかったままの正方形をぎゅう、と握りしめてみる。

レジの正面の時計の針はちょうど10時の所を指していた。


バレンタイン、あたし、ちょっと頑張ってみるつもりなんですけど。

柄にもなく手作りとか、あの、


…いいですか。



「風邪ですか?山田さん」


突然出された自分の名前に、妄想トリップ中の頭は思いきり現実に引き戻された。


レジ台にコトン、と置かれたプリン容器。


視線を上げると、そこには眩いばかりの金髪がいた。