驚いて目をまん丸くするカボ。

振り回されている自分が悔しくて、なんだか涙が出そうになった。
気まずい沈黙の間、オレンジ色の空気がたちこめる。

「…山田さん、帰りましょうか」

「………」

「山田さん」

「…帰ればいいじゃん!…なんで…っ、」


なんで、あたしばっかり。

悔しくて、情けなくて、涙が出た。カボの瞳に困惑の色が浮かぶ。

「カボにとって、あたしは何!?ただのコンビニの店員!?」

「…ただのコンビニの店員じゃなくて、にこにこマートの店員さんです」

「…っ、どっちでも同じじゃない!もういい!帰れバカ!」

「一緒じゃない!全然違います!!」


ふんわりじゃない。

今度はギュッと、手を握られた。


「にこにこマートが一番好きだって、言いましたよね?」

…言ったけど。理由は内緒です、なんて可愛くもなくはにかんでいたけれど。

だいたい真剣な顔で言う台詞に、にこにこマートなんて単語が入っていること自体がおかしいのだけれど。


「かぼちゃプリンが、あるから…?」

「違います」

「…ココアプリンがあるから?」

「違います!」


…握られた手が熱い。

熱くて、熱くて、そこから浸食されてしまいそう。


「山田さんがいるから」


真剣なカボは、やっぱり役者顔負けというほどに格好良くて。
息が詰まって、呼吸がうまくできない。


「は……?」

「山田さんがいるから、毎日ちょっと遠かったけど通ってたんです」

「……え、」

─初めて聞いたよ、そんなの。

「山田さんがいるかいないかで、出来たてのメロンパンと賞味期限三日後の食パンくらい違います!」

─わかりにくいっつーの。その例えの選択のセンスはどうなんだろう。


いつにく真剣な瞳のカボ。

赤く染まった顔。

握られた手から、あたしにもその赤が移った。


「バカ…」


…どうしてくれんのよ。

でもなんか、もう、赤でも青でも、カボチャの黄色にでも染まったっていいや、なんて思ってるあたしは重傷だ。



「…山田さんが、好きです」


急性ウイルス性カボ症候群だ。


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