山田さん的非日常生活

車内に、ふんわりとチョコレートの匂いが漂う。

幸せの香り。

甘い香り。


「山田さん、今日は本当にすみませんでした。僕何も知らされてなくて」

「…もういいよ」


寿命が縮まったけど、カボを大切に思う気持ちが再認識できたんだから。


おりてくる沈黙。

でもそれは穏やかで、ゆったりした時の流れで。全然気まずいものではなかった。


暗闇に包まれた車内。


カボの丸い瞳だけが、星のように光ってる。


「…すみません」

「だからもういいって──」



…その時、何も聞こえなくなった。



沈黙の中の風の音も、自らの心音も。

何も見えなくなった。

目の前の金色の髪も、汚れたあたしのスニーカーも。


残るのは鼻をつく甘ったるい匂いと、



唇に触れる温度。



突然のキスに、頭の芯がまるごと溶けて何も考えられなくなる。


甘い、甘い。


チョコレート味が、脳内にまで浸透する。


染み込んで染み込んで、あたしの中を染め上げていく。


唇を離した瞬間、カボの前髪があたしの鼻先に触れた。


「不謹慎だけど、嬉しいんです」

「………、」

「山田さんは、僕が遠くに行くの嫌だって思ってくれるんですね」

「あ…当たり前でしょ!?」

「会いたいって思ってくれてるってことですよね?」

「だ…だから、」

「すみません、自惚れます。山田さんはこれからのことも考えてくれるくらい、僕を好きでいてくれてるんですよね?」


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