山田さん的非日常生活

デパートなんかでよく見る回転ドアは、お父さまの趣味らしい。


「慶次郎さんとはこのことについてだけはケンカするのよ!!」

「はぁ……」


なんて平和な夫婦ゲンカなんだ。

気の抜けた返事をしたあたしは、お母さまの方を見て思わずギョッとする。


回転ドアの前。


お母さまは、まるで試合開始直前の空手の選手みたいに腰を低くして身構えていた。


「さあ!行くわよ山田さんっ!!」


警備員さんもあっけにとられた顔をしてこっちを見ている。


…気後れするとか、言ってる場合じゃない。


「じゃ、じゃあお母さま!あたしが先に入るんでそれに続いて──」

「〜待ってっ!!」

「え」

「山田さんお願いっ!いち、にの、さん!!ってかけ声かけてから入ってっ!!」

「………」


…そんなに怖いんですか、回転ドア。


結局、「いち、にの、さん!!」を二回繰り返し、やっと三度目の正直で何とかお母さまを回転ドアの中に入れることに成功。

かけ声つきで会社に入る経験なんて、今後の人生でもそうそう無いと思う。


「受け付けは…あそこね!!」


あたしを半ば引きずるみたいにして、テキパキと動くお母さま。

会社の雰囲気に圧されている様子は全く感じられない。


…実際、あたしが中までついて来る必要あったんだろうか。


お母さまが受け付けに問い合わせている間に、社内の様子を見渡す。


忙しそうに去っていくスーツ姿の男の人たち。

みんないかにも仕事できそうな人ばっかりだ。


ほんと、まるっきり未知の世界だ。


中には外人さんもいて、あたしはただ感心と呆然との狭間でぼけーっと突っ立っているしかなかった。


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