「私たちは山妖怪と戦う意思は全くございません」

「そっちにはなくともこちらにはある」

あくまでこちらとの会話を拒絶している。
町妖怪を攻め落とす意思を変えるのは骨が折れそうだ。
だがせめて伝えることはせねばならない。

「……いえね、正直そんな状態じゃないんですよ。阿弥樫町の内輪でもめてる場合では」

「どういうことだ」

町だ山だで争っている場合ではない。
そのことを冬矢は一年前のあの時に感じた。
あの時、山姥を殺した妖怪の存在を知ってから。


「トラツグミと呼ばれる妖怪をご存知ですか?」

「鵺のことか。鵺なら死んだ。滅したのはお前の父だろう雪代冬矢」

「よくご存じで。……ですが、私の申すトラツグミは鵺ではないのです」

「…………」

少し前かがみになる大天狗。
トラツグミという妖怪をなぜこの男が話すのか。それに少しの興味を感じた。


「トラツグミは山姥を陰で操った黒幕です」

「……なんと」

「トラツグミはこの町を狙っている。山妖怪をそそのかし、騙し、内部から崩壊させようとしている。今こうして争おうとしていることは、まさに奴の思惑の通りなのです」

半分は予想が混じっている。
だが、そういう気がしてならないのだ。
トラツグミは山姥をそそのかし、町を攻撃してきた。
その策略により、冬矢は追い詰められた。

山姥の目的はただの復讐。それをそそのかし、トラツグミは山姥に町を攻めさせた。
さまざまな怪奇を起こし、町中を恐怖に染めた。
許されることではない。


「……わしがトラツグミにそそのかされているとでも思っているのか?」

「いえ。ただ、ご留意なさってほしいのです。そのような妖怪がいるということを」

大天狗は町妖怪を憎んでいる。
それをトラツグミが知れば、利用しない手はない。
大天狗ほどの妖怪に攻められれば、町はどうなるかわかったものじゃない。


トラツグミとはそれほど恐ろしい妖怪なのだ。