楽園の炎

その日の夕刻、珍しく朱夏は、父親である炎駒(えんく)に呼ばれ、父の私室である内宮の宝瓶宮(ほうへいきゅう)にいた。
一の側近に与えられるこの宝瓶宮は、内宮の中ではあるが、独立した小さな宮殿のような形をとっている。

娘とはいえ、初めて入った宝瓶宮で、朱夏は落ち着きなく柔らかい椅子に身を預けていた。

「今日、ナスル姫側から、正式に見合いの申し入れがあった」

背を向けていた父が、そのまま口を開いた。
朱夏は、黙っている。

「今までは、いわばお互い様子見といったところだった。ナスル姫様も、葵王様を、よくはお知りになっていないし、お若いからな。しばらくは、特に意識しないで接してみよ、という、ククルカン皇帝のお計らいだろう。それで、姫が葵王様をお気に入れば、正式に見合いという運びにすると、事前に聞いていた」

「で、ナスル姫様は、葵を気に入った、ということですね」

「・・・・・・朱夏。そろそろ葵王様を、葵と呼ぶのはやめなさい。お前は、臣下だ」

振り返って言う父の厳しい顔に、朱夏は唇を噛む。

父はいつもそうだ。
ただ一人の、血を分けた家族であるはずの娘にさえ、優しい言葉など、かけたことはない。
父親であることよりも、アルファルド王の側近であることを優先する。

それでも、幼い頃も特に寂しくなかったのは、葵がいてくれたからだ。
その葵から、他でもないこの父に切り離されるような気がして、朱夏は反射的に拳を握りしめた。

朱夏だって、いつまでも葵のことを呼び捨てにしていいとは思っていないが、父にだけは、言われたくない。