「待ちなって。そんな急ぐこともあるまい。姫とは、晩餐会の前にちらっと会っただけだし、もうちょっと話そうじゃないか。家族なんだし、遠慮はいらん」

横をすり抜けようとした朱夏の腕を掴み、アリンダは取り巻きの兵士に目で合図する。
瞬く間に朱夏は、兵士に周りを取り囲まれた。

「ア、アリンダ様! 何なさるおつもりです」

レダが血相を変えて、己と朱夏との間を阻む兵士を押しのけようとする。

「何、少しお話するだけだ。心配なら、お前も来ればよかろう」

アリンダの言葉に、レダに押しのけられていた兵士が、反対にレダの腕を掴む。
朱夏もアリンダに腕を掴まれたまま、引き摺るように引き立てられる。

少し離れたところにある扉を押し開き、アリンダは朱夏を投げ飛ばすように部屋の中へと入れた。

よろめいて手をついたものに、朱夏はぞっとした。
どうやら簡易の宿泊部屋のようで、朱夏が手をついたものは、寝台だったのだ。

慌てて立ち上がろうとしたとき、ぎゃっという悲鳴が上がった。
扉のほうを見ると、レダが押さえつける兵士に噛み付いていた。
兵士がすかさずレダの頬を張り飛ばしたが、レダも負けじと反撃する。

いくら何でも、殺したりはしないだろう。
朱夏はとにかく、己の相手---アリンダを見た。

「どういうつもりです。あたしは夕星様の、婚約者ですよ」

できるだけ寝台から離れたいが、すぐ前にアリンダがいるため、一歩も動けない。
ちょっと体勢を崩せば、あっけなく寝台に倒れてしまうだろう。

連れ込まれたのが、使われていないような宿泊部屋といい、事前に聞いていたアリンダの性格といい、今から何が起こるのか、容易に想像できる。
朱夏は懸命に、アリンダを睨み付けた。