「夕星殿がついているから、大丈夫だろうが。気をつけて行きなさい」

炎駒の衣を掴んだまま、こくこくと頷く朱夏は、まるで小さい子供のようだ。
炎駒が目を細めていると、扉が小さくノックされた。

「失礼」

夕星が入ってくる。
旅用とはいえ、れっきとしたククルカン皇家の衣装に、外套をつけ、剣も差している。
きちんとした格好をすると、一気に近づきがたいほどの威厳をまとう。

桂枝もアルも、自然とその場に平伏した。
炎駒も膝を折ろうとしたが、それより早く、夕星のほうが、彼の前に膝を付いた。

「炎駒殿。朱夏姫を我が国に連れ去ること、どうか許されよ」

頭を下げる夕星に、炎駒はもちろん、その場にいた全員が驚いた。
が、炎駒は一つ頷くと、あえてそのまま、口を開いた。

「朱夏の父として、強くお願い致します。我が娘を、くれぐれもお守りくださいますよう」

「心得ましてございます」

右拳を左胸に当て、夕星は深く頭を下げた。
忠誠と誓いの姿勢だ。

本来身分は夕星のほうが上だが、今は彼自身が、炎駒を義理の父親として扱っている。
炎駒は満足そうに微笑むと、朱夏を離し、自ら膝を付いた。

「夕星様、ナスル姫様ともども、此度のこと、誠におめでとうございます。憂杏は、私にとっても息子のようなもの。何かありました折には、何なりとお申し付けください」