「うう、も、もう。あたし、こんなに人前で泣いたこと、ないんだから」

夕星の胸に顔を埋めて、彼の鼓動を聞きながら、朱夏はごしごしと、夕星の衣で涙を拭いてやった。

「こらこら。全く、やることがお子様なんだから」

ちょっと呆れたように、夕星は朱夏の頬を両手で包むと、少し乱暴に涙を拭いた。
そして、ぐっと顔を近づける。

「ククルカンまでの道中は、ずっと一緒にいられるぜ。楽しみだなぁ」

にっと笑う夕星に、朱夏はきょとんとした。

「道中って、砂漠も越えるし、海も渡るのよね。でも、皇太子様もいらっしゃるし、そんなずっと一緒にいられるかしら。大軍でしょ?」

「そうだけど。でも朱夏は、俺と一緒の馬に乗ってりゃいいじゃないか。そうだ、ちょうど良い。朱夏の軍馬も、連れて行こう」

普通の馬では、大人が二人も乗れば、格段に体力が落ちるが、軍馬のような鍛えられた馬では、それがない。
朱夏の軍馬は大きいし、軍馬の中でも上級だろう。

「俺、国には専用の馬を持ってるけど、今回はいないからさ。来るときも普通の馬を借りてきたし。だから、朱夏の軍馬で帰ればちょうど良い」

難点は、折角の軍馬を走らせられない、ということだが、と、少し不満そうに言う。
大軍の上に、侍女も大勢いるのだ。
進軍のスピードは、ゆっくりしたものになろう。

「ねぇユウ。アルも、連れて行って良い?」

「アル?」

「アルシャウカット。ほら、あたしの侍女」

「ああ、あの薬草に詳しい侍女か。良いよ。全然知らん侍女をつけるより、知った侍女のほうが、朱夏も良いだろうし」

「ありがと!」

朱夏はぎゅと、夕星に飛びついた。