楽園の炎

「いつもの格好で、宗主国の皇太子に会うわけにはいかんだろ。しかし、やっぱり着慣れないな」

言いながら、つけていた外套を放り出し、ぐい、と首元を引っ張って、合わせを開く。

「どうせなら、髭も剃ればいいのに」

じろじろと見ながら言う朱夏に、憂杏は黙って己の顎を撫でた。

「別に、整えてるような髭じゃないんでしょ。髭剃ってさ、髪ももっと撫でつけたら、もうちょっと様(さま)になるんじゃないの?」

早い話が、今日の憂杏は、服装をちゃんとしただけなのだ。
まばらな顎髭はそのままだし、髪の毛も少しは整えているが、あまりいつもと変わらない。

「あんまり、向こうさんの言いなりには、なりたくなかったってのがあるな。それに、取り繕ったところで、見る奴が見ればすぐわかるもんだ。俺はただの商人だからな、そこのところを、わかってもらわないと」

「ナスルもその髭、好きだしな」

すかさず突っ込んだ夕星に、憂杏は、げほん、と変な咳をする。
が、ナスル姫は特に恥ずかしがることもなく、むしろ誇らしげに顎を上げた。

「さすが、憂杏ですわ。こういう男らしいところが、わたくしは好きなの。兄上にも対等に渡り合える商人なんて、他にはおりませんわよ。お髭だって、似合ってますもの。お髭のある殿方が、こんなに格好良いなんて、知りませんでしたわ」

にこにことのろけるナスル姫の横で、当の憂杏は、げほげほと咳を繰り返す。

「へぇ。じゃあ俺も伸ばそうか」

「お兄様は、似合いません」

夕星の軽口をぴしゃりと斬り、ナスル姫は少し真顔になって、憂杏を覗き込んだ。