「桂枝は、知らなかったからねぇ」

少し笑いながら、朱夏は、ばしゃばしゃと湯を弄んだ。

「でも、言われてみれば、やはり、と思うこともあるのですよ」

え、と朱夏は、少し上を向いて、目を桂枝に向けた。
気づいていたのだろうか。

「前に、ナスル姫様が市に行きたがっておられたんですけど、朱夏様も夕星様もおられなくて、困っていたことがあったのです。そのときに少しお話した中で、ナスル姫様が、やたら息子を褒めていたので。でも、まさか、と思いましたよ。あのようにお若く、美しい姫君が、何を間違ったらうちの愚息などに惹かれるのかと」

「しかも、ナスル姫が、憂杏を好いているんだものね。あたしも、びっくりした」

朱夏の髪に湯をかけながら、桂枝が大きく頷く。

「それで、結局憂杏はどうするの?」

洗い終えて、頭頂部で髪をまとめてもらってから、朱夏は桂枝に向き直った。
桂枝は『婚姻』と言っている。
ということは、もしかして上手くいったのではないか。

朱夏は湯からあがると、布を敷いた木の寝椅子に、うつ伏せになった。
桂枝が、朱夏の身体に香油を擦りつけていく。

「やはりまだ、愛情があるかはわからないが、少なくとも、ただの同情ではないと。それに、どうしても守って差し上げたいと。ナスル姫様の身に危険が及ぶのは、我慢できないそうですわ。ナスル姫様が、自分を選んでくれるのであれば、全力で応えるとのことです」