「皆さん、ご機嫌よう。お邪魔してごめんなさいね」

稽古中の兵士らに声をかけ、ナスル姫は指揮官らしき壮年の男に目をやった。

「あの、朱夏は?」

「あ、はい! 朱夏様なら、先程皇太子殿下の弟君がいらして、ご一緒にお出かけになられたようです」

ぴしっと姿勢を正して、指揮官の兵士は、はきはきと言う。
ナスル姫は、ちょっと困った顔になった。

「あら。お兄様もいらっしゃらないのね・・・・・・。どうしようかしら」

しょぼんとしたナスル姫に、指揮官がおろおろする。
そこへ、桂枝が歩み寄った。

「姫様。あの、失礼ですが、姫様は憂杏を、お気に召していただいているとか?」

心なしか、顔が強張っている。

「あらやだ。そ、そうね。とっても楽しいかたですわ。あのような立派なかた、そうはおりませんわよ」

何でもない風を装ったはずが、言葉を重ねれば重ねるほど、墓穴を掘ってしまう。
ナスル姫は赤くなった頬を隠すように、袖で顔を隠した。
その態度がまた、墓穴を大きくしているのだが。

桂枝は二、三歩よろめいた。

「ひ、姫様。とりあえず、こちらへ」

よろける身体を支えるように、ナスル姫の肩を抱くと、桂枝はそのままナスル姫を連れて、稽古場を後にした。
よろよろと歩いて、回廊の横の木陰に来ると、耐えられなくなったように、桂枝はへなへなと地面にへたり込んだ。

「ど、どうしましたの。ご気分でも、お悪いの?」

ぺたりと桂枝の前に座り込み、ナスル姫が覗き込む。
桂枝はしばらく俯いて、気持ちをいくらか落ち着かせると、おずおずとナスル姫の目を見返す。

「あ、あの。あの。姫様、まさか。まさかとは思いますが・・・・・・。いえ、まさかですよね。このようなこと、口にしたら、失礼になりますわよね」

無理矢理笑顔になり、誤魔化すように言う桂枝に、ナスル姫は考えた。
ここで母君に言ってしまったほうがいいのだろうか。
でも、この生真面目な母君に自分の想いを明かせば、きっと失礼のないような対応を、息子に迫るだろう。
そうなると、憂杏にその気がなくても、葵のように、断れないかもしれない。

「・・・・・・何のことだか、わかりませんわ」

ナスル姫も無理矢理笑顔を作り、ぽつりと呟いた。