「そんな大袈裟にしたくないの。でも歩いていくには、ちょっと遠いわよね。どれぐらいかかるかしら」

門の外を見ながら言うナスル姫に、桂枝は驚いて姫を押し留めた。

「歩くだなんて、とんでもないです! 姫様のおみ足では、とても歩ききれる距離ではありませんわよ。誰か、馬に乗れる者に頼みましょう。確か、朱夏様が稽古場に・・・・・・」

腰を浮かす桂枝に、ナスル姫も立ち上がった。
二人して、稽古場へと歩き出す。

「でも、朱夏はお稽古の最中じゃなくて?」

だからこそ、ナスル姫は遠慮していたのだが。
それに、市に行きたい理由も、憂杏に会いたいからだ。
あまり、人を連れて行きたくない。

---でも、朱夏にはバレちゃってるし、いいか---

すでに結構な人数が気づいているのだが、そんなことは知らないナスル姫は、連れて行ってもらうなら、やっぱり朱夏がいいと納得した。

桂枝はナスル姫を先導するように少し先を歩きながら、にこやかに言う。

「よろしいのですよ。朱夏様も、ご結婚となれば、もう剣術などしなくてもいいのですから」

「あ、そういえば朱夏は、お兄様の婚約者よね。羨ましいわぁ」

うっとりと言うナスル姫に、桂枝も嬉しくなる。
桂枝は思わずナスル姫の手を握って、頭を下げた。

「ナスル姫様。どうか朱夏様を、よろしくお願い致します」

「わたくしのほうこそ、よろしくお願いしますわ。あら、やだ。わたくしったら、まだ憂杏のお気持ちも聞いてないのに」

浮かれた感じに乗せられて、うっかり口走ってしまった言葉に、ナスル姫は赤くなって己の頬を両手で包んだ。

ぽかんとしている桂枝が、息子の名前が出た理由に気づかないうちに、ナスル姫は桂枝を追い越して、稽古場に駆け込んだ。