次の日、朝からナスル姫は、外宮の外壁辺りをうろうろしていた。
門は開いているが、外に踏み出す勇気がない。
しきりに門の外を窺いながら、内側を行ったり来たりしている。

「ナスル姫様。どうなさいましたの?」

いきなり声をかけられ、ナスル姫は飛び上がった。
振り返ると、アルファルドに来てからよく世話をしてくれている侍女頭が立っている。

世話になっている上に、この侍女頭---桂枝は、愛しい憂杏の母君だ。
動揺してしまい、ナスル姫は、思わずぺこりと頭を下げて、挨拶してしまった。

「ご、ご機嫌よう」

「まあぁぁ。ど、どうなさいましたの。ささ、お顔をお上げになって」

桂枝が慌てて駆け寄り、ナスル姫の前に跪く。

「わたくしなどに、頭を下げる必要はないのですよ。それより何か、お困りのことでも?」

跪いたまま言う桂枝をじっと見、ナスル姫は不自然でないように、ぺたりとその場に座り込んだ。
これで、桂枝と目線が同じになる。
どうも、愛しい相手の母君を見下すのは、気が引けるのだ。

「ちょっと市に行きたいと思ってたのだけど。わたくし、馬にも乗れないから、どうしようかと思って」

「まぁ、それでしたら、お言いつけくだされば、輿をご用意いたしますのに」

柔らかく微笑んで言う桂枝に、ナスル姫はふるふると首を振った。