楽園の炎

夜も更け、朱夏は湯浴みを済ませて宝瓶宮に続く回廊を歩いていた。
と、庭に面した階段に、誰かが座っているのが目に入る。

柱に寄りかかって月を眺めているのは、葵だった。
葵は少し手前で立ち止まった朱夏をちらりと見、少しだけ口角を上げる。
朱夏はちょっとだけ考えたが、そのまま葵に歩み寄った。

「何してるの?」

朱夏の問いには答えず、葵はぼんやりと月を眺める。
朱夏はちらちらと、隣の葵を窺った。

月明かりの中の葵は、中性的な外見と相俟って、近づきがたいほど神秘的な雰囲気を醸し出している。
何だかふっと消えてしまいそうだと思い、朱夏は思わず葵の袖を掴んだ。

「どうしたの?」

葵が驚いて、朱夏を見た。
その言い方が、いつもの通りで、朱夏はちょっと安心する。

「何か、今にも消えちゃうそうで」

ちょっと笑って言う朱夏に、葵も薄く笑った。

「僕がいなくなったら、寂しい?」

軽く言われた言葉に、朱夏は大きく頷く。
葵はまた笑った。

「僕も、朱夏がいなくなったら寂しいよ。でも、夕星殿と結婚するなら、朱夏は近くククルカンに行くことになるだろう。炎駒殿にも、寂しいことだね」

朱夏は俯いた。
夕星の求婚には、朱夏自身からは、まだはっきりとは返事をしていない。
気持ち的には嬉しいし、断るつもりもなければ、葵と同様、ククルカン皇家からの申し入れを、断れる立場でもない。

だが、折角心が通い合った父と離れるのも、見たこともないククルカンの首都という遠くへ一人で行くのも、手放しで喜べない理由の一つだ。
それなりの貴族の娘であれば、そのようなこと、日常茶飯事なのだから、本来なら何てことのないことなのだろうが。

それに、今まで諍いのない、暖かい王宮しか知らなかった朱夏にとって、ククルカンの王宮は、権力闘争が渦巻いているようだ。
アリンダという、恐ろしげな皇子もいる。
ちらりと聞いただけだが、どうしても尻込みしてしまう。