( @:SS )



「きみの幸せって何?」


まだ湯気の立つコーヒーカップを、カタリと置いてそう言った彼。唐突に投げ掛けられた問いに、あたしは見ていた雑誌を閉じた。


「そんなこと聞いてどうするの?あなたがあたしを幸せにでもしてくれる?」


そう言って彼を見遣れば、彼は困ったように小さく笑う。


「いや…。ただ、全ての人が“幸せ”な世界ってあるのかなって、ちょっとそう思って。」


全ての人が“幸せ”な世界、ね……
それがどんな世界なのか、訪れた沈黙の中、目を閉じて考えてみたけれど。

否定的な考え方しかできずに目を開ければ、あたしにそんな問いを投げ掛けた張本人は、再びコーヒーを啜っていた。

そんな彼は、自分に向けられる視線にようやく気づく。それを確認した後、あたしはゆっくりと口を開いた。


「…思ったんだけど。」

「ん?」

「“幸せ”な世界なんて、そんなものないわ。」

「どうして?」


断定するように言い切ったあたしに、彼は微かに首を傾げながら問いかけてくる。

けれど、どうして?だなんて……
そんなの、あなたが1番わかっているくせに。


「“幸せ”に溺れる人の影では、必ず誰か、哀しみに嘆いている人が居るからよ。」


だからあたしは、それだけ答えて再び開いた雑誌に視線を落とした。哀しそうな表情を浮かべた彼に、気づかないフリをして。

落とした視線の先、雑誌の文字なんて何一つ目には入ってこない。そんな中脳内では、つい一ヶ月前に彼から言われた言葉を何度も反芻していた。


『俺、結婚することになった。』


あたしが彼にとって、ただの友達であることくらい、わかっていた。相思相愛な彼女がいるのも、知っていた。けれどそれと同時に、彼自身もあたしの気持ちに気づいていたはずなのに。

…――大好き、だった。

彼にとっての“幸せ”が、万人にとって“幸せ”とは限らない。つまるところ要するに、彼の結婚はあたしにとって幸せではなかったのだ。

だから、ねぇ、そうでしょう?
全ての人が“幸せ”になれる世界なんて、ない。





  幸福論


 ( 幸せになるあなたの陰で )
 ( あたしは泣いていた )