( @: SS)



「抱いてって言えばいいじゃん。」


雨で濡れた身体、乱れる呼吸、俯いて震える私に、彼はそう囁いた。それはもう、とてもとても楽しそうに。


「ま、僕から逃げ、僕のことを嫌いな君が、そんな言葉言えないだろうけど。」


その言葉に、ふいに思い出される二日前の出来事…。迫られて、押し倒されて、強引にキスされて。そんな彼の愛情から、私が逃げたあの日…

どうして、だなんてわからない。
ただあえて言うなら彼の言う通り、私が彼のことを嫌いだからなのかもしれない。まぁ、理解しがたい恐怖があったのも否めないけど。

でも私自身、すぐに捕まって消されるんだと覚悟して逃げたんだ。
だけどその予想に反し、彼も彼の部下達も私を消しには来なかった。
しかし安心したのも束の間、すぐにその訳は理解できたのだ。


「君が戻ってくるまで、二日もかかるなんて思ってなかったよ。」


彼はわかってたんだ、知っていた。
私がまた、必ず自分の元に帰ってくるということを。私には彼が、必要だということを。


「その間、待ちくたびれちゃった。」


耳元で囁かれたその言葉に、零れる彼の笑みに、クラリと目眩がした。
視界が、揺れる。


「さぁ、言いなよ。今なら僕から逃げた君を、許してあげないこともない。」


揺れる、霞む、視界。
寒い、冷たい、濡れた身体。
今や白くぼんやりとしか見えない幻影のような彼を見つめ、やっと私自身も理解した。

本当は嫌いなんかじゃない、愛してたんだと。
私が恐れていたのは、怖かったのは、その気持ちに気づくことだったんだと。

そして何より、私はもう彼なしでは生きていけないのだと――…

理解した瞬間、グラリと揺れた身体。支える力さえ湧かなくて、重力に従うように倒れていく…


「……はぁ。仕方ない子だなぁ君は。許してあげるのは、今回だけだよ。」


朦朧とする意識の中、聞こえた声と目前に広がる白。倒れた痛みの代わりに伝わってきたのは、包まれるような温もりで。

彼に抱き止められたと理解したと同時に、涙が止めどなく溢れ出た。





  恋愛中毒


  ( …――嗚呼 )
  ( どんどん貴方に溺れてく )