その後、永倉は家老の計らいにより松前藩に帰還することを許されたと文を寄越した。


永倉と穏やかに過ごせた期間は一年にも満たないが、それでもとても幸せだったと感じた。

この時代にやってきて初めて何の変化もなくつまらない退屈な暮らしだったかもしれないが、本来平和な世で生きていた矢央にとってはこれが普通だったのだと思うと、自分もこの時代の人間にすっかり染まったんだと笑えた。



「矢、矢央さん!それ俺のふ、ふふふ褌!!」



洗濯物を畳んでいると市村が慌てて寄ってきて、畳みかけだった褌を奪い取った。



「これは俺が畳みますから!!」

「洗うのも畳むのも変わりないけど…」

「洗うのも俺がするって言ったじゃないですか!!」

「遠慮しないしない」

「そうじゃなくて…」


あははと笑う矢央と違い思春期の市村には、綺麗になった矢央を少し意識するようになってしまい、だからこそ褌を洗われるのも畳まれるのも恥ずかしい。

そんな男心を分からない矢央は市村と洗濯物を手分けして畳み終えると、文机に向かい筆と紙を取り出した。



「永倉さんにですか?」

「うん。書いたら、また届に行くから付き合ってね!」

「はい。…永倉さんがいなくなって二ヶ月かあ。矢央さんは寂しくないんですか」


紙に向かっていた手を止めて市村に向き直ると、矢央は笑顔だった。



「ふふ。もうずっと待たされてるからね。今更寂しくなんてないよ。それに、生きてくれてるからさ」

「強いんですね」

「そんなことないよ。目に見えないけど、いつも傍に皆がいてくれるような気がするから頑張れるだけ」



そう言ってはにかんだ矢央にお茶でも入れてきてあげようと部屋を出た市村は、湯が出来るのを待ちながら考えていた。



「俺もそろそろどうするか考えないとな…」










永倉との文通は毎日の出来事から心配事まで様々な内容で、二人が離れてから三カ月が経っていた。

その間二人は文だけの関係だったが、矢央はその方が都合がいいと思っていた。



その日永倉から貰った文には、三日後少しだけ外に出られると言った内容で、他には早く矢央に会いたいと書かれていて笑みを崩す。



「三日か……」



また返事を書こうとしていたが明日にして、灯りを消して障子を開けて夜空に広がる星空を見上げた。


最初にこの星空を見た時は、本当に手を伸ばせば掴めそうで驚いた。

空気の美味しさも流れる川の美しさも、何もかもこの時代は汚れてなくて感動を覚えた。


不自由なことも沢山あって、けれど一つ一つ克服して今では一人でも生きていけるくらいになっている。


そう一人で生きていける。




もう誰にも頼らず、自分の足で。




「土方さん。土方さんは私に自由に生きろって言ってくれたけど、私もあの人を自由にしてあげなきゃ駄目ですよね?
私の我が儘にいつまでも付き合わせちゃ…駄目だよね?」




ねえ、土方さんーー……
私の決断は間違ってるかな?


幸せになれって言ってくれた皆は、私のこの決断を何て言うかな?




でもね、もう決めたよ。


私はもう弱い頃の私じゃないから。


だからちゃんと見ていてくださいーーーーー