永倉は鈴木を強く睨む。

懐かし話なんてするつもりはないのだと、両の目の眼光を鋭くし鈴木はビクッと身体を震わせた。


戦から離れたといっても新選組で一、二を争った剣豪の永倉は、これまで壮絶な戦を生き抜いて此処にいるのだから、その永倉が本気で威嚇すれば刀を抜かなくてもある程度の脅しにはなった。



「…っ。俺は今はこの辺りに住んでますので、またいずれお会いするやもしれない。では」


軽く頭を下げて躯を返した鈴木に一難去ってホッと息ついた永倉と矢央。


「新八さん帰ろう?」

「ああ」

「あ、矢央さん荷物すみません!」



矢央から荷物を受け取った市村と安心しきって笑っている矢央を見て、やはり刀を抜かなくて良かったと思った。


矢央も市村もまだ若い。

時代は変わっていくーーーきっと良い方向へと発展していくのだろうから、出来るなら二人には争いのない幸せな暮らしをさせてやりたいと願う。



永倉は振り返って鈴木が去って行った方を睨み据えた。


そこには鈴木が苦虫をかみ殺したような表情でこちらを見ていて、永倉は深く息を吐いて鈴木がいなくなるまでずっと睨みを利かせていた。








それからというもの永倉は常に気を張り詰めて辺りの警戒を怠らなかった。

そして永倉も矢央も前以上に家から出られなくなっていた。


「新八さん、そんなに眉間に皺寄せてると土方さんみたいになりますよ」

「…嫌な冗談だな」

「…最近、この家の周りに鈴木さんやそのお友達がうろついてますね」

「つけられてねぇと思ってたんだがな。多分あのあと出歩いた時にでも後を付けられたんだろ」


重い空気が部屋を包む。



「ねえ新八さん、もう此処にはいない方がいいんですかね」


鈴木は兄の敵討ちを諦めることはないだろう。

漸く見つけた新選組の生き残りが目の前にいるのだから、鈴木はいつでもやる気満々で虎視眈々とその時を狙っている。

無償で面倒をみてくれている彦五郎やのぶにまで危険が及ぶかもしれなくて、もしそうなれば土方に顔向けできなくなる。


「……それは俺だけでいい」

「え?」

「あいつが狙ってるのは俺だ。さすがに今更女に出だしはしねぇはずだ。だから此処を出るのは俺だけでいい」


もう限界だと思っていた。

いつまでも世話になっているわけにもいかないと思っていたし、こうして命の危険も脅かされるようになっては躊躇している場合でもないだろう。


「俺は江戸にある松前藩邸に行く」


それは永倉が覚悟を決めたということ。


永倉は脱藩しているので、脱藩は死罪に値することくらいこの時代の生活の間で学んだ矢央は唇を噛み締めた。


もしかしたら死ぬことになるかもしれないが、それでも永倉が生きて行くためには松前藩に匿ってもらうしか今は方法がなかった。



「…この首に価値なんてねぇんだ。恥を忍んで何度だって頭を下げてやるさ。死んでいった仲間たちの分も生きてやると決めた、だから絶対に生き抜いてやるさ」

「新八さんっ」


少し痩せた永倉の背中に抱き付く。

背中から回した腕にギュッと力をこめて喉の置くから出掛かった言葉を飲み込んだ。



「………」

「どうした?」

「…なんでも、ないです。ねえ…新八さん、生きましょう。必ず…生きて、生きて…」



矢央の腕が緩み、その腕を掴んで離し身体の向きを変えた永倉は矢央を正面から抱き締めた。


「待っててくれ。今度は必ず迎えに来る。必ず生きて、時間はかかるかもしれねぇが必ず迎えにくるから…」



細い腕を掴み少し強めに握ると、不安そうに眉を下げた矢央の顔を見て口を開いた。











「その時こそ俺と夫婦になってくれ」