「…もうっ!ずっと思ってたんですけど、土方さんって意外と心配性ですよね。ハゲるよ?」

「………」


赤くなった鼻を撫でながら文句を言う矢央に、もう言い返す言葉も出ない。

だが不思議と腹が立つことはなく、それどころか案外心地良いと思った。


もうこんなやりとりも出来なくなるかもしれないからか、ほんの少し名残惜しいとさえ感じさせる。



「本当に大丈夫ですから、土方さんは土方さんの誠を貫いてきてください」



すっと背筋を正し土方を見上げ微笑む矢央を、この場にそぐわないが綺麗だと思った。


そして土方は、肩の荷を下ろしたかのようにすっきりとした笑みを浮かべた。



「そうやって笑ってると、やっぱりかっこいいですね!この時代に来た時は、もう本当になにこの鬼ってくらい怖い顔ばっかだったけど。
こうずっと眉間に皺なんて寄せて…」


自分の眉間にわざと皺を寄せ、むむっと怒った顔をしてみせる。



「ああ、おっかない。もうあんな風に怒られないと思うとせいせいしますよー」

 

“せいせいする”を強調させる矢央の身体が、突然目の前の男の腕に包まれた。


途端に視界が塞がり摘ままれて痛かった鼻がまた痛くなったが、それよりも胸の痛みの方を耐えるのに必死になった。



「……矢央。一人にしちまってすまねえ」

「……だから大丈夫ですって」



土方には強がりだと分かっていた。

抱きしめた細い身体が僅かに震えていて、聞こえる小さな声にも少し震えが混じっていたから。


出来ることなら連れて行ってやりたい。

矢央が土方と生きる道を選んでいたら、死ぬかもしれなくても土方は連れて行っただろう。

でも矢央が選んだのは違う男だ。



「何かあったら…。否、何もなくても姉さん達を頼れ。お前のことは頼んであるから」

「今でも十分すぎるくらいお世話になってますよ。本当に大丈夫ですから、もう…行かないと」



ググッと土方の胸を押す。

顔を上げる前に一度奥歯を噛み締め、ギュッと瞼を綴じてから冷静になるために深呼吸もする。


そして土方を見上げた矢央の顔は、今までに土方が見た中でも一番の微笑みだった。



「いってらっしゃい。土方さん」

「…お前は、まったく良い女だよ。手放すのが勿体ねぇな」

「土方さんのものになったつもりないですけどね」

「やっぱり減らず口だな。わかった。次会えたら矢央…覚悟しとけよ」

「……っいいから早く行って!!」



ニヤリと笑った土方に不覚にも男を感じてしまって、ちょっと罪悪感にかられながら土方の背中を押しやった。


すると今度こそ土方は背を向けて馬の手綱を引きながら歩いて行ったので、小さくなって行くその背中に向かって叫ぶ。



「土方歳三ファイトーーーーーッッ!!」


ーーあ?ふぁいとってなんだよ?


「あ、間違えた。頑張ってねーーーーっっ!」




振り返らない土方には見えてはいないが、矢央が両手を振っているのが綴じた目の奥に鮮明に映っていた。


そして矢央が最後に見た土方の姿は、朝日に向かって片手を空へ掲げて歩いて行く姿で、小さくなるにつれ靄がかかり見えなくなっていくのを切ない眼差しでいつまでも、いつまでも見送っていた。