振り返った矢央の目の前に、幸せそうに微笑んで逝った沖田がいる。


よろよろと歩み寄り、沖田の前で膝をつきほんのりと温かい頬を両手で包み込んだ。




「…うくっ、お礼を言うのは…私の方だよっ。総司さんっこんな私のことを好きだって言ってくれて…ありがとうっ。
私も…総司さんのこと大好きでした…」


もう沖田の頬には涙は流れない。

やっと沖田は長い長い苦しみから解放されたのだ。

やっと楽になれるんですね。


「あっちには、お華さんも近藤さんも平助さんもいるから…寂しくないですねっ…」



沖田さんは意外と寂しがり屋だから。

少しでも私がいて、その寂しさを紛らわすことはできたかな?

できていたらいいのになって思います。




矢央は沖田が今日逝くのを分かっていた。

この日、お華と近藤が沖田を迎えに来ると知り、沖田が矢央を心配して未練を残さなくてすむように気丈に振る舞い、どうでもいい話を語り続けていた。


私は大丈夫だからと。



『矢央さん本当に今までありがとう。貴女のおかげで皆幸せそうだった。
だから、次は貴女の番ですよ。心残りのないように貴女の決めた道を歩んでください』


お華の声が直接心に響く。



「お華さん、私からもお礼を言います。私をこの時代に連れて来てくれて、皆に出会わせてくれて本当にありがとう。
総司さん達のことは、よろしくお願いします』




沖田の頬を日が暮れるまでずっと撫で続けた。


とても穏やかに眠っているような沖田を見て、我慢していた涙が溢れ出す。



「ふっうっうわあああああんっ!」


今だけは悲しみに浸らせてほしい。


もう誰もいないこの場所で、矢央はいつまでもいつまでも泣き続けた。

もうこの声は届かない。

もうこの手で触れてもらえない。





『矢央さん、ごめんね。さようなら』



もうそうやって名前を呼んでもらうこともない。


だから今だけ、この涙が枯れるまで泣いてやるんだと沖田の亡骸に抱きつき涙を流し続けた。


明日から、また頑張れるようにとーーーーーー








慶応四年五月三十日、
新選組一番隊組長 沖田総司 肺結核の悪化により死去。



悪戯好きで人をからかって遊ぶくせに、遊ばれるのは酷く嫌いな自己中な彼は、新選組局長近藤を慕い尽くし、二十七年ととても短い人生を生き抜いた。


新選組一の腕を持つと言われていながら、病のせいで新選組の戦いに殆ど参加できなかったが、それでも彼がいることで新選組はどんな状況下でも笑っていられた。

やはり沖田総司こそ、新選組一番隊組長に相応しい男だった。