不安に押しつぶされそうになって、真っ先に浮かんだ顔が矢央だなんて我ながら笑えるものだ。

ーーーー不安だと?


新選組鬼の副長と恐れられた自分が不安を感じてるだと?




「ーーーん、土方さんっ!!」



パンっと目の前で小さな手が合わさって大きな音を立てたことで、土方は現実へと引き戻された。


矢央?と、瞬きしている土方へ怒声が飛ぶ。


「ボーッとしてる暇ないですよ!!
近藤さんを助けられるのは土方さんしかいないんです!近藤さんも、土方さんを待ってますよ!」

「………」



仁王立ちして頬を膨らませている矢央。


その姿と、言われた言葉を聞いて土方は突然腹を抱えて笑い出す。



「っはははは!!お前に怒られる日が来るとは思ってなかった!」


笑いすぎて腹が痛み、こんな感覚は久しい。

目尻に溜まった涙を指で拭うと、タイミング良く矢央が言った。



「だらしない顔はしないでください。土方さんが弱るのはまだまだ早いです。
今も土方さんを信じて待っている人達が大勢いるんだから、こんなところでへこたれてる場合じゃない」


凛と響く声が心地良く心に染みていく。


自分よりも遥かに若い女に真っ当すぎる確信を突かれ具の音もでないことが腹も立つが、情けない自分がいけないのだから我慢してやる。



ーーーーバシッ!と、背中を叩かれた時には、流石に「いてぇなっ!」と怒鳴ってしまったが。



「此処を一歩踏み出したら、新選組の鬼の副長に相応しい土方さんでいてくださいよ!」

「……おう」

「だから今だけは、弱い土方さんでいること許してあげますよ」

「……はっ。何様だよ、てめぇは」

「矢央様です!」



胸を張って言うことか。

しかしこれで土方の心に迷いはなくなった。


晴れ晴れとした顔で矢央を見て、ぶーぶーと口うるさい矢央の頭を撫で「ばーか」と額を弾いてやった。




「さて、と。それじゃあ、いってくる」


馬の手綱を持ち振り返った土方へ頷いてみせると、土方も頷き返した。


来た時よりもキリッとしていて、これでこそ土方だと思わせた。




「いってらっしゃい」


こうしてまた笑顔で見送る。

そして、また帰ってきてくれた時、笑顔で出迎えるのだ。



「ところで矢央、お前…永倉とヤっただろう」

「んにゃっ!?」



ニヤリと笑うこの男、やはりただ者ではなかった。


やられっぱなしは性に合わないんだよ、とケラケラ笑う土方に、やはりいつも通り殺意が芽生える。



「俺程の男になれば、女の雰囲気で分かる。まあ良かったな!」

「うっさい!早くいってくださいっ」

「言われなくても行くさ。じゃあな」

「べぇっっっだっ!!」


舌を出す矢央を鼻で笑い飛ばし馬に乗ると、疾走と駆けて行く。

残された矢央は、こんな時くらい普通に別れができないのかと思いながらも去って行く土方を見て微笑んでいた。



ーーー頑張ってね、土方さん。