一本の木の前で立ち止まり見上げる。
「今年は桜を見る余裕なかったな」
毎年のように花見をしていたのに、年々忙しくなった新選組は花見すら出来なくなっていった。
また皆で花見をしたいと思ったが、敢えてそれは言わない。
一緒に桜の木を眺めていると、後頭部に手が触れた。
「これ俺のだな。いつもの赤いのはどうした?」
矢央の髪を纏めている結紐は戦に向かう前に永倉から貰った物だ。
永倉の無事を祈るのと、傍にいるような気もしてあれから矢央の髪に色を付けている。
「あれは此処にありますよ」
巾着を取り出し、その中から赤い結紐を取り出し見せる。
「この結紐は坂本さんからで、この巾着は平助さんにも貰ったんです」
「そうか。大事にしまっとけよ」
「はい」
敵だった坂本の名を出しても永倉は怒ることはなかった。
今や亡き男だからか、それともそれ程坂本のことも嫌いではなかったからか。
敵対していただけで、一人の人間としては嫌いではなかったのだろうなと思うことにした。
「あの、」
「ん?」
また歩き始めた永倉を呼び止める。
ギュッと手を胸の前で握り、キョロキョロと視線を泳がせる挙動不審な行動だったが、矢央が言いたいことが手に取るように分かってしまう。
永倉はニッと口角を上げると、大きな掌を上に向けたまま矢央の前に差し出した。
するとパアッと笑顔を輝かせる矢央。
「お手」
「なっ!?」
そろっと伸ばしかけた手は済んでのところでピタリと止まった。
頭上からクスクスと笑い声が降る。
「冗談だ。ほら」
固まっている矢央の手を取れば、本人は頬を赤らめて俯いてしまった。
可愛い奴だな。
「あ、これじゃなくて…こうがいい…」
「ん?」
握っていた手を矢央が握り直すと、指と指が絡むように握り合い、所謂恋人繋ぎというやつだった。
それを言えば「なんだそれ」と、恋人繋ぎなんて知らない永倉はポカーンとしていたが、直ぐに温もりを感じ「悪くないな」とそのままでいてくれる。