可笑しな奴だなと笑ったあと、土方は隊士に呼ばれその場を後にした。


残された二人は互いに顔を見合わせて首を傾げる。


「鬼が消えちゃった…」

「明日は嵐か?」









そして一月九日、新選組は江戸へ向かうことを決め無傷だった隊士含め永倉達は順動丸に乗船し大坂天保沖を出航することになった。



「先に行って待ってる」

「はい。待っててくださいね」


土方は最初、矢央を永倉達と共に順動丸に乗るよう指示したのだが、この後に近藤、土方達を含めた負傷者達を乗せる船が出ることを知り辞退した。


もう既に新選組の救護隊でも一番隊隊士でもなかったが、山崎が寝込んでいる今軽く世話をやくことしか出来ないといっても、いないよりは良いと判断したからだった。


「お前等さー、せっかく恋仲になったってのになんでわざわざ離れるんだか」


その恋人達の別れを邪魔すんじゃねぇよ、と永倉は冷たい視線を隣にいる友に向けている。


「矢央がいなくても、怪我人の面倒くらい見られるやつはあっちもいるんだぜ」

「そうなんですけど。こっちよりも、人手は多い方がいいと思って」


原田は原田なりに二人のことを気にしてくれているのだろう。

ある意味原田は二人の仲人みたいなもだと自分で思っていて、だからこそ漸く想い合った二人を誰よりも祝福し気にとめている。


自身は家族を京へ置いてきてしまった負い目があるのか、二人には出来るだけ傍にいさせてやりたいと思っているのだ。



「でもよー」

「左ー之ー!いいんだよ。矢央には矢央のやりたいことがあるんだ。俺はそれを邪魔しようなんて思わねえ」

「…大人だねえ」

「んなことより矢央、船の上とはいえ絶対安全とは言えねぇんだ。気をつけろよ」

「はい」


そろそろ船が出るのか、永倉達以外の人はもう船に乗っていて後は永倉と原田の二人だけだ。


名残惜しそうに伸ばされた手が矢央の頬を撫でると、照れくさそうに微笑んだ。


「今度は江戸で会おう。江戸に戻ったら、お前を連れて行きてぇとこがあんだ」

「連れて行きたいところ?」

「ああ、だから元気なまま来いよ」





最後にもう一度「江戸で待ってるぞ」と言葉を残して二人が乗った船は出航した。

船が見えなくなるまで手を振っている矢央を少し離れたところから土方が見守っていた。