慶応四年、一月三日。

バンッバンッ ドンッドドンッッ


耳をつんざむような銃や砲声が聞こえる。


「でっけぇ音」


何処を見回しても全身装備した男達ばかりだ。

奉行所の東側に布陣している新選組は、会津藩と桑名藩と共に戦っていた。



「先程幕軍が戦闘を開始したもよう」


敵側の動きを見に行っていた山崎は渋い顔をした土方に告げた。


「とうとう始まったか」と、重い腰を上げた。



そして顔を陣を取っている場所から少し離れた場所を見詰めチッと舌打ちする。



そこには負傷した男達を懸命に手当てする見知った女がいた。

年が暮れる前に身の安全を考えて大坂へ送り出したはずの矢央の横顔を見て何度目になるか分からない溜め息を吐いて、つい先日のことを回想してみた。









「なんで…お前が此処にいる?」


いつ戦が始まっても可笑しくない年明け早々、お尻をさすりながら気まずそうに笑う矢央が土方達の前に現れたのだ。


土方は組長格を集め会議をしていたが、そこへ大慌てでやって来た市村の後ろからひょこっと顔を覗かせてきた矢央を見て皆驚きが隠せない。



「すみません。戻って来ちゃいました」

「矢央っ!?」


バッと立ち上がり矢央の傍に寄った永倉は幽霊でも見るような視線で上から下まで隈無く見回した。


足はある、触れれば触れる。

ということはちゃんと生きている。


「はあ~っっ!死んで化けて出たのかと思ったじゃねぇか…」

「お華さんみたいに?」


両肩に手を置いて心底安堵して俯いたら頭を持ち上げた永倉に睨まれても苦笑いしかできない。


冗談言っていい状況ではないらしい。



「お前なんで、どうやって此処へ?」

「馬に乗ってきましたよ」



大坂へ行ってからというもの、矢央はやはりどうしても新選組に戻りたい気持ちが強く、日数が経てば経つ程傍にいられないことへの不安と不満が積もっていった。

そしてその愚痴を毎日聞いていた沖田は、そんな矢央を見ていたたまれなくなり近藤に話をつけてくれたのだ。



「近藤さんが馬を走らせてくれる人を見つけてくれて、それで帰ってきました。長い時間馬に乗るってお尻痛いですね」

「近藤さんめ…」


会議続きで頭が痛いというのに更に胃まで痛くなってきた。

近藤は情に熱く、沖田はずる賢い。
きっと矢央が永倉を想い傍で支えたいとでも言ったのだろう、そうすれば涙を浮かべ「うんうん!矢央君の強い想いは分かった!」となんとか言ったんだろうなと土方は容易く想像できてしまう。


頭を抱えた土方の前に永倉を押しのけてやって来ると、荷物を脇に起き頭を下げた。



「土方さんが私のためを想ってくれたんだってことは分かってます。それが皆に迷惑もかけないで安全で一番良い方法だってことも分かってます。
でもやっぱり、私はまだ此処に…新選組と一緒にいたい!!」


グッと着物を握り締める。

真っ直ぐ見つめる土方の視線に臆してはならない。

此処で引けば、きっと戻されてしまう。



「足手まといにならないように頑張ります。できることはなんでもします。だからっ、せめて…私が納得いくまで、傍にいさせてくださいっ」


お願いします、と勢いよく膝を折り床に頭を擦り付けた。


勢い良すぎてゴッと音がなり、傍にいた井上に心配させる。