駆け抜けた少女ー二幕ー【完】


「…勝手に話を進めないでくれませんか」

「ぐっ…あぁっ…」


首に更に刃が深く刺さり、痛みに瞼を閉じた。





ーーーお前は一人じゃない。


ーーー俺達を信じねぇか。




ゆっくりと瞼を持ち上げると同時に、矢央の眼から涙が頬を伝う。

















「…っ…みんな、助けて…くださいっ!」




一人で抱えるのは、もう止めよう。



「やっと言いやがったか。…たく、面倒な女だなお前は」

「そういう土方さんこそ、矢央さんが自ら助けを求めるのを待つなんて、貴方も相当面倒です」

「うっせえ。馬鹿。 ほら、総司の待機ももう終わりだ、好きなだけ暴れてやれ」

「言われなくてもっ!!」



土方の言葉が合図となって、今まで見物していた沖田達は一斉に刀を抜き熊木を取り囲む。


矢央を人質に捕られているというのに彼等は未だに余裕の笑みを絶やすことなく、ジリジリと間合いをつめていた。


「矢央、直ぐに片を付けてやるから、もう少し我慢してろよ」


右隣側から永倉の声がしてコクンと頷いた。


「おい、熊木。 俺の仕事増やしてくれてただで済む思うなや?」


山崎の言う仕事とは、きっと矢央の手当てだろうなと思うと助けてくれるのは嬉しいが、山崎には助けられたくないと思ってしまった。

そう思い鼻を啜った時、突然身体が前のめりに傾いたと思うと、腕をぐっと掴まれガクンと揺れる。

頭が揺れて、少し気持ち悪い。



「私達が大人しく見物しているだけだと思ってましたか?」


武士なら正々堂々と一対一で戦うと言うなら沖田達も手は出さないつもりだったが、今熊木が相手をしているのは武士でもなければ男でもなく矢央だ。

そして、その本人が“助けて”と初めて自ら彼等を頼ったことにより、誰も大人しく見物するなんて奴はいない。


熊木の背後を取った沖田が上段から刀を振り落とし、それを避けたところへ永倉の攻撃、それも何とか交わしはしたが、


「おおっと!そろそろ姫さん返してくんねぇか?」


山崎の攻撃を矢央を盾にすることによって防ごうとした時、背後にいた原田に両腕を拘束されてしまった熊木は此処にきて漸く焦りを見せた。

今度は熊木が拘束されたことで、矢央の腕は自由になりトタトタと頼りなく歩きついた先に、「ぶふっ」と何かにぶつかり変な声が漏れる。


ふらふらの身体を温かい何かに包まれ、その正体を探ろうと上を向けば土方が眉間に皺を寄せ極悪の笑みを浮かべていて、矢央は直ぐに逃げ出したくなるが、そうはさせてもらえなかった。


「面倒事を持ち込んで一人で解決できずに、余計事をややこしくさせる天才か、お前は?ああ?」

「ひっ…ご、ごめんなさいぃぃ」


此処は素直に謝るべきだと判断し謝っていると、ポンポンと頭を撫でられ小首を傾げる。


「いつもそうだがよ、いい加減頼ることを覚えろ。 お前が助けてと言えば、俺達はいつだって手を差し伸べてやる」


頼ることを避けていた矢央に、良い機会だとばかりに助けを求めるまで手出だししないと決めた土方は、漸く矢央が助けを求めたことに安堵の息を吐いた。


矢央の腹が血で染まったのを見た時には、流石の土方も肝を冷やした。

そろそろ限度だと思ったのは、土方の我慢の限度ではなく矢央の体力のことだったと知るのは、傍で矢央を優しく見守る近藤くらいだろう。