屯所から走りっぱなしで胸が苦しい、その上足まで痛い。

そこで気づく、裸足のままだと。


「うわっ、忘れてたっ!! しかも、油小路ってどっちだ!?」


慌てて出てきたせいで、肝心なことを忘れていた矢央は、それでも痛む足を止めず走り続けた。


止まってしまえば、何もかも間に合わなくなるような気がしたのだ。

しかし矢央は強制的に止まることとなる。


ぐいっと襟首を引っ張られガクンと身体が傾き、痛みに顔を歪ませた。


「駄阿呆がっ! そっちちゃうわっ!」

「や、山崎さんっ!? どうしてここに?」

「なんでやと? お前が一人で出て行きよったからやろがっ!! しかも草履履き忘れとるわ!」


あまりの声の大きさに恐縮し耳を塞いでいると目の前に草履が放られ、唖然と見詰めていた矢央はまた怒られながら急いで草履を履く。

見上げれば黒装束の山崎が鋭い目つきで見下ろしていて、相当怒っているのが見て取れた。


「ごめんなさい。 でもっ」

「早よ行くで」


来た方角とは真逆を向いた山崎に、二つの意味で驚いた。

全く逆方向だったらしいことと、意外にもそれ以上山崎に小言を言われないことだ。


「今回はお前の手柄や。 早く永倉さん等のとこ行くで」


顔は見えないから表情は読み取れなかったが、山崎が褒めてくれていることは分かる。

少しだけ冷静になれた矢央は山崎の隣に立つと言った。


「山崎さん、油小路はこっちですか?」

「ああ、あの門を曲がれば真っ直ぐや」

「だったら道案内はもう大丈夫だから、山崎さんは屯所に戻ってください」

「はあ?」


何を言いだすのかと矢央を見ると、凛とした横顔がそこにあった。


そして矢央が言いたいことが分かる。


「屯所も危ないんやな?」

「確証はないけど。 熊木さんが関わってるなら、私が行く方へ熊木さんはいるはず。 でも伊東さんが生きているなら、必ず屯所を狙うはず」


全て憶測にすぎないが、それでもきっと当たっているはずだ。


「屯所には怪我人や病人が殆どですよね? だったら山崎さんは屯所にいてくれた方が良い」

「お前…」


ついこの間まで何かに脅え泣いて弱々しかった女は何処へ行ったのか、隣にいる小柄な彼女はとても頼もしく見えて山崎はニヤリと微笑む。



「死ぬなや」

「そちらこそ。 じゃあ、屯所はお願いしました!!」


そう叫び走って行く矢央に強く頷き、山崎も躯を返した。



必ず無事で帰って来いと願いながら。