これが罠だと分かったのは、永倉達の待つ油小路に運ばれて来た伊東の亡骸が入っているはずの籠がいくら待てどやってこないからだった。


いくらなんでも遅すぎる。

もう宴を終え伊東を襲い、此処へ御陵衛士が来ていてもおかしくない頃合で、上手く行けば藤堂を逃がしていても良いくらいなのだ。


待っている間は気を張っていて、その時間も長期戦になれば疲れが見え隠れする。


その証拠に永倉達の緊張感は既に限界を迎え、皆の顔に疲れが出始めていた。



不味いな。

永倉はこれ以上時間がかかれば此方が不利になると分かっている。

どうするか?

一旦屯所に戻り策を再度練るべきだろうが、もし己の考えすぎで、ただ予定が遅れているだけならば、いつ御陵衛士が来てもおかしくなく、そうなれば作戦は無駄に終わる。

否、無駄どころではなく、伊東を殺してしまった後で此処で御陵衛士を打ち損じることがあれば、後に苦労するのは確実に新選組だろう。


それが分かっているから、永倉は指示を出せずにただ無駄に時間を過ごしているのだ。



「新八、気付いてるか?」


原田の潜めた声に永倉はハッと我に返る。


自分は此処まで集中力を無くしていたのかと、自嘲し笑うしかない。


いつの間にか人の気配に囲まれていたのは、此方ではないか。


待ち伏せしていたはずが、囲まれていては話にならない。


「左之、何人だ?」


此方は四十名余りが、この油小路に身を潜めていたのに、それを越す人数が新選組を囲っている。


「五十、否、それ以上はいやがるな」

「っち! いったいどうなってんだ? 土方さん達も危ねえのか?」

「わからねえな。どっちにしろ作戦は失敗したからこうなってんだろ? 新選組の殆どの隊士をこっちに寄越してんだ、さっさと片付けねえと、あっちが大変だぜ」

「そうだな。 さて、どうやって切り抜けるか」


今屯所には怪我人や病人と、動ける人は極僅かしかいない。

この場は勝ことよりも、上手く回避し屯所に戻ることを優先させるべきだと判断する。


そうと決まれば、永倉と原田は隊士達に指示を出した。


局長の命を守るため、己の命を最優先としバラけて屯所に帰隊しろと。

此処で全員命を落とせば、新選組は壊滅的だ。

だから、命を守れと指示をした。

これは逃げるのではないのだと。



「さあて、左之、いっちょ遊んでやろうか」

「おうよ! 行くぜ、新八!」