夜風が身に染みる。
ぶるっと身体を揺すり勝手場に向かっていた矢央は、ある物が気になって立ち止まった。
大石さん?
井戸の傍で大石が月夜を見上げていた。
大石は伊東暗殺後は永倉達と合流するはずで、既に油小路へ向かっていると思っていたが、
「顔でも洗ってるのかな?」
血に濡れた顔でも洗ってからあちらに行くのかと思い、早くお茶を入れに行こうと片足を出した時。
笑っていた。
「ふは…ははは…はは」
虚ろな眼で不気味に笑い、ガクンガクンとぎこちなく揺れている。
な…に?
嫌な予感がして、矢央は裸足のままゆっくりと庭へと下りると、大石に声をかける。
するとピクリと動き、頭を垂れ下げたまま大石は振り返ると、キラリと眼球を光らせた。
ーーーーービクッ!!
ああこれは、悪夢だろうか。
「熊…木、さん…」
「がっ、はは…あぁああっ」
確証なんてないのに、大石の様子が熊木によるものだと思った。
以前襲われた時の浪人の動きと少し違うが、これは操られているのでは?
「大石さんっ!しっかりして!!」
「はは…あー…はっ、あぅ…」
きっと大石は生きているのだろう。
時々自らの意志で身体を殴ったりしていて、操られている己と戦っているように見えた。
大石をこのままにしておくのも躊躇したが、どうやって助ければいいのかも分からない今、矢央が取るべき行動はたった一つ。
一刻も早く土方に報告することだ。
「大石さん、自力で頑張ってくださいっ!私は行きます!」
そして、きっと永倉達が危ない。
言いようのない不安はこれだったのかと、苦虫を噛む思いで廊下に上がり土方の下へ急ぐのだった。