十一月十日。
今日は少し肌寒いと、稽古後汗を拭きながら空を見上げていると、


「稽古、頑張っているようだな」


懐かしい声に驚き振り返れば、そこに腕を組んで此方を見詰める斉藤。


「さ、斉藤さんっ?」

「幽霊でも見るように見るな。 足はある」


それ程驚いているんだと訴えたい気持ちを抑えて、斉藤に駆け寄った。

斉藤とは三月以来なので、半年以上も顔を見ていなかった矢央は口をぱくぱくさせながら斉藤を見上げている。


「久しく見ぬ間に、また成長したようだ」

「えっと、あの、そんなことより、どうして斉藤さんが此処に?」


御陵衛士として伊東と共に新選組を離脱した斉藤は、新選組の屯所にいるはずがない。

新選組と御陵衛士は関わってはいけないと聞いていた矢央は、会いたくても我慢していたのだから。

なのに当たり前のように、斉藤は矢央の前に堂々と立っている。


「俺は間者としてあちらについていただけ。 任も終わった故、此処へ帰ってきた」

「間者…? じゃあ、斉藤さんはまた新選組に?また一緒にいられるんですか?」


矢央の顔に花が咲くのを、斉藤はほんの少し笑みを浮かべ見て頷いた。

その途端、やったー!と両手を広げ斉藤に抱き付けばピタッと硬直する斉藤に、矢央は全く気付く様子はない。


「嬉しいです! また斉藤さんと一緒に暮らせるなんて」

「いや、新選組には戻ったが暫く此処には住まないことになった。 それと、名も斉藤一ではなく山口二郎に変名することになった」


斉藤の言葉に、矢央は訳が分からず首を傾げているだけだった。











「つまり、斉藤さん…じゃない。 山口さんは、新選組でも御陵衛士でも裏切り者扱いになってるから、身を案じて名前も変えて姿も消すってことですよね?」

「斉藤のままでいい。 間者として御陵衛士に行ったのを知っているのは、局長と副長だけだったからな。 流石に敵が多すぎて、落ち着くまでは姿を眩ますのが良いと」


斉藤が戻ってくる数日前に、土方は江戸から京へ戻ってきていた。

そして斉藤の帰還と共に持ち帰った良くない話に「帰って早々に面倒な仕事かよ」と、ボヤいていた。


「そっかあ。 でも、これからは普通に会えるんですよね? 私、斉藤さんにも稽古つけてほしいなって」


縁側に腰掛け、竹刀を振る仕草をして見せる。

すると斉藤は一つ頷き、


「ああ、そのうちまた此処に住むだろうがな。 それと、稽古は今以上に頑張ることを勧める」

「どうして?」

「その稽古が近いうち役立つ時がやってくる」


それってどう言う意味なのかと聞こうにも、斉藤は用があると直ぐに行ってしまった。


残された矢央は、土方の部屋の方へ視線を向け不安に駆られる胸を押さえていた。