矢央は困惑した。
歴史の知られざる闇。

決して名の残ることのない矢央という存在と、何かで繋がっている熊木が、実はその歴史を操っていたのか。


「熊木殿があのように長州を煽らなければ、もう少し犠牲は減ったかもしれん。 桂さんは、最近はそう考えているようでな、熊木と手を切りたがっちょる」


確かにそうかもしれない。

あの池田屋事件があって新撰組は確かにその名を有名にした。 と同時に、長州側を煽る結果となり更に情勢は悪化していった。


熊木が歴史を操って、幕府の時代を終わらせようとしているなら、その目的はなんだ?



「今は桂さんは、矢央を拐うつもりもなく、ただ匿ってやりたいと言いよったぜよ」

「なっ? やっぱり矢央を連れて行く気か!」

「ちゃうきに! それはもう、矢央自身に振られたぜよ。 おまんらの可愛い矢央は新撰組に残るそうじゃあ」

「か、可愛いって…」


何故そこでそんな言葉を言うんだ、と赤くなりながら坂本を睨む。

そんな矢央の頭を撫でた坂本は、矢央の髪を結い上げていた赤い紐を見て微笑む。


「まだ持ってくれてたか」


この結い紐は、坂本と初めて会った時に坂本が買ってくれたもの。

矢央にとっては大切な物の一つで、今も大事に使っていた。


「はい。 これは、坂本さんとお友達の証です! 新撰組とは仲良く出来ない関係でも、私は坂本さんと友達だと思ってますから!」

「友か。 ならば尚更、死ぬなよ」

「坂本さんもね」

「ああ、俺には見届ける責任がある! まだまだやりたいこともたーくさんっあるぜよ! 」



暫し見詰め合う二人を、複雑な思いで見る永倉はもう刀を抜くつもりはないらしく、沈み始めた夕日に眼をやった。