「もうそろそろ帰らないとなー」


今日は年の瀬。
いつもより豪華な夕食の準備のため、屯所を出る前に土方から早く戻れと言われていた。


「矢央ちゃん、これ良かったらあとで食べてぇ」


縁側で柱に持たれ座っていた矢央の隣に腰を下ろしたまさは、矢央の好きな饅頭を出してきてくれた。


「あとであの時の彼と食べてぇな」

「あの時の? ああ…」


まさが言っているのはきっと沖田のことで、あの時とは沖田と一緒に原田の後を着けていた時を指しているのだろう。

でも何故沖田限定なのかと、首を傾げる矢央にまさは言う。



「あの人、矢央ちゃんの男はんやないの?」


"男はん" それはつまり、彼氏ではないのかと純粋な瞳を向けられて矢央は暫く戸惑ってしまった。

しかし彼氏ではないと否定しておかないと、まさが誤解したままだと何かと困りそうだ。


「ち、違うよ! 沖田さんは、その…」


友達…なのか、仲間…なのか。

なんて答えるのが正しいのか分からなくなった。


「その~、なんだろ、ね」

「なんやのそれ。 変な子やねぇ」

「あははは」


まさが深く追求しないタイプで良かったと安堵していると、庭からは原田と茂の笑い声がして二人してそちらを見て微笑ましくなる。


「うちね、いつかあの人が帰って来ないんじゃないかって毎日不安になるんよ。 夜の巡察がない日は毎日必ず帰ってきてくれはるのに、どうしても毎朝送り出す背中を見ていると、今日帰って来ないかもしれんって……怖くて堪らなくなるんや」


いつも笑顔で出迎えてくれているまさでも、本当は胸にいつも不安と恐怖を抱えていた。

楽しげな原田を見ていれば、その瞬間は不安も飛ぶがそれは一時的なものだった。



「矢央ちゃんは強いなぁ。 毎日あの屯所で皆の帰り待ってはるんやろ? いつ誰が帰ってこんなるかも分からんのに辛くないの?」


「あたしも不安だよ。 毎日ご飯作って、今日は皆がこのご飯をちゃんと食べられるかな、とか。 帰隊した皆の隊服に血がついていないか不安になって。 それこそ、ちゃんと自分の足で帰ってきてくれるかって、あたしも不安で怖いよ」


信じて待つしかないけど、それでも大切な人たちだからこそ不安になった。


毎日変わらないはずのものが、いつ音を立て崩れていくかわからない恐怖。


「でも、不安だけど辛くはない。 今は皆ちゃんと帰ってきてくれるし、皆こそ本当に強いからきっと大丈夫だって言い聞かせてる。
おまささんも皆も、あたしを強いって言ってくれるけど、そんなことないよ?

どう頑張ってもあたしの力じゃ到底皆を守れない。 失っていくものあって、その度に逃げ出したくなったけど、でもできなかった。
結局皆が傍にいてくれなきゃあたし駄目なんですよね……。 強くなんてないから、一人は嫌だから、だから皆の帰りをあの場所で待ってるしかないんだって」


「矢央ちゃん、なんでそんな…」


「あたしには、新撰組しかないんです。 彼らがいなきゃ此処にこうしていなかったんです」


「……やっぱり強いよ。 矢央ちゃんも、新撰組の人やなって思うわ」



まさの言葉に矢央は何も返せなかった。

ーーーおまささん、あたしは強くないよ。 弱いからこそ皆といたいんだよ。 誰一人欠けることなくずっとって願ってるんだよ。



そんなこと無理だって分かっているのに、どうしても願わずにはいられないーーーー










冷たい冬の風は、それぞれの心の穴を吹き荒らしていく。
そして、深い溝は埋まることなく新しい時代へと向かって行ったーーーーーーーーー