「矢楚」
「うん」
「こうやって、ここに一人で来れたのもね。
柊太を、木綿子んちのお店に、預けてきたからなの。
こうしていることは、私にとっては、なかなか持てない贅沢な時間なんだ…」
そうだ。
矢楚は、自分の考えの足りなさを恥じた。
お母さんの調子が悪いって言っていたじゃないか。
広香んちは母子家庭なんだから、柊太の面倒をみれるのは広香だけなのに。
今日、こうして二人で会うために、広香は木綿子んちの人に頭を下げて、柊太を預けてきたのだろう。
「ごめん、広香。オレって、なんも分かってないね……」
広香は、眩しいものでも見るように、矢楚を見つめた。
「矢楚。
分かってるかどうか、ってあんまり大事じゃないの。
今まで、私、数えきれないくらい矢楚に救われたよ。
矢楚は、いつものびやかで、輝いていて。
そういう矢楚の存在そのものがね、見ている私に勇気をくれたんだ。
悲しくて歪んじゃいそうなとき、苦しさに負けて醜くなりそうなとき、
いつも矢楚を見て、自分を修正してたの」


