それなのに。
矢楚は、よし、と吹っ切るように呟くと、広香を地面に降ろした。
地に足が着いたのに、なぜかふらつく。
矢楚は肩に手を添えて、広香がきちんと立てるまで待ってくれた。
大きな手のひらで広香の頭をひと撫でして、
似合ってる、といたずらな笑顔を見せる。
「木綿子を使ってストーキングしてたの、聞いたよね」
ストーキングって、と、広香は笑った。
「ごめんね。
オレ、やっぱり、ただ待つことはできなかった。苦しすぎて」
うん。私のほうこそ、ごめんね。
広香が心から謝ったとき。
矢楚がおもむろに、芝に片膝をついた。
「矢楚?」
もう片ほうの膝は立て、誓いを立てる中世の騎士のように恭(うやうや)しく広香の手をとる。
差し込むような眼差しで広香を見上げた。
「広香。
オレ、もう離れているのは嫌なんだ。
来シーズンは、日本のチームへ移籍するよ。いま、木綿子のとこで、移籍先を探してもらってる。
広香の傍にいたいんだ。
結婚して欲しい」
広香は、静かだがきっぱりとした声で答えた。
「だめよ」


