広香はただ茫然と、矢楚が内なる何かと戦うのを見ていた。
波の音。
やがて矢楚が、目を開いた。
心の嵐を制し、研ぎ澄まされたような表情をしている。
見たことがある。
広香はそう思った。
ユースの引退試合。ピッチに立つ矢楚は、こんな顔をしていた。
広香は、みぞおちが痛くなった。
一歩後ろに下がる。
すると、矢楚が一歩詰めた。
「広香」
「はい」
自分のしたことの重大さに、広香は縮み上がった。
「なんで、キスしたの」
「ごめんなさい」
「そうじゃなくて。どうして」
「とても、きれいだったから。だけど、そんなの理由にならな」
「広香」
きっぱりとした声で、矢楚は広香の言い訳を止めた。
そして広香の肩をつかみ、身を屈めて視線を合わせる。
「オレのことが好き」
射し込むような目で、広香の心の底を見通す。
「好きだからだよ、そうだよね」
広香は、ただ矢楚を見返した。
「言って、広香」
「でも……」


