十六夜月だなんて。
今の自分の気持ちに符号するようで、広香は驚いた。
「十六夜月には別名があってね、ためらい月とも言うの。矢楚、知ってた?」
そうなの?と矢楚がわずかに首を傾げて広香を見た。
「十五夜の夜より、月の出が遅れるの、一時間弱くらい。
だから昔の人には、まるで月が、もう出ていいかなって、ためらいながら空に上がるように見えたんだって」
「へぇ、可愛らしい捉え方だね。
じゃあ、もういいよ、って、後で言ってあげよう」
「その発想のほうが可愛いよ」
広香が笑って、矢楚も苦笑した。
「そうかな?
あ、そろそろ、足元が悪くなるから、手を貸そうか?」
昨夜、広香が足をとられたアダンの林の前だった。
「今日は、月が明るいから大丈夫」
「それは、残念」
矢楚は冗談めかして言って、羽織っていた赤いジップアップを脱ぎ、広香に渡した。
「海岸は冷えるよ」
これも、予測。貸すために、着てきた。
からかうような矢楚の微笑み。
「寒がりの薄着屋さん」
広香の胸が軋んだ。


