「そう、学園祭の夜ね、無性に高校が懐かしくなって。
父さんのことがあったからだね、何もかも放り出してただの高校生に戻りたいなって、思った。
でも、学校にはオレのいる場所はもうないことをもよーく分かって。
だから、監督に厄介払いされるみたいに行ったスペインのユースで、どん底からスタートした。
半年、向こうで地獄をさ迷って。
日本に帰ってからも、一歩進むたびに新しい壁にぶち当たったんだけどね。
でもそれがまあ、一段一段階段を上ってるみたいに、いつの間にか底を抜けていたんだ」
話しながら、矢楚は冷蔵庫からバニラアイスを取り出し、小さめの器に盛る。
仕上げに、瓶に入っただいだい色のフルーツソースをかけた。
「パッションフルーツの原液だって。三倍に薄めて、飲むやつらしいけど。
コンビニの沖縄コーナーにあったから、買ってみたんだ」
はい、と矢楚にアイスを手渡された。
「だから、広香も。
新しいことばかりで居心地が悪かったり、
今までできていたことすら上手くいかなくなって。
……苦しくなると思うけど」
苦しくなる、と言ったところで、矢楚の目がかすかに揺れた。
「しばらくは苦しくても。
踏張っているうちに、そこが広香の場所になるよ。
広香にとって運命の仕事なら」
立ったまま、アイスをひとさじ口に入れて、矢楚は、うまい!と嬉しそうに言った。
「どんなにやっても、広香の場所じゃない気がしたら、辞めたっていいんだ。
また次があるよ。
広香が言ってくれたでしょ。人生は続くって」
そうだね。
広香も倣ってアイスを口に運んだ。
バニラの甘さに、パッションフルーツの酸味。
「おいしすぎる」
広香が感嘆して、矢楚は満足そうに微笑んだ。


