矢楚が広香の視線をつかまえた。
広香の心は表情から流れ出ていく。
溢れいく決意。
でも矢楚の目には、静けさが温かく宿るだけだった。
称賛も責めも、誰とも分かつことのできない世界で生きている人。
人生の苦悩とサッカーの厳しさが、
矢楚の魂をこれからも作っていくのだろう。
「亜希、ね。柴本亜希」
木綿子が、皆のコップに飲み物を注ぎ足しながら、しんみりと言った。
「フリースクール卒業するの、九月になるってさ」
「木綿子、柴本と連絡とってたの?」
食べ終えた知也が、頬杖をついて聞いた。
「あの子、気になるんだもん。
卒業したら、オーストラリアに行くつもりだって。
ワーキングホリデーで」
「働くんだ……」
意外そうに矢楚がつぶやいた。
「お嬢様なのにね。
生き直すつもりなんじゃない?
まだ、心からの友達はいないみたいだけど、割といい顔してたよ」
木綿子はそれ以上は言わなかった。
柴本亜希の今や過去をこのテーブルに広げる必要はない。
柴本亜希の未来に、少しの光が見えたことさえ分かれば、
この旅の光もまた増すだろう。


